オウトウが日本に導入されたのは、明治の初期です。加工は1905(明治38)年に山形県寒河江市の井上勘兵衛が、自宅でオウトウの缶詰を作ったのが最初とされています。その後1950年代後半になると、山形県では缶詰工場の進出とともにオウトウの栽培面積が増加してゆきました。
このようにして、オウトウの主産地として山形県は加工需要に支えられながら栽培面積を急激に広げていったのです。
1970年代なかばから加工需要が低迷をしはじめましたが、代わって加工用ではなく生食用の栽培が盛んになりはじめました。この頃から、缶詰用のオウトウは輸入品が主体となってゆきます。
現在は、南米のチリ産の一次加工品を輸入してこれを日本で二次加工するのが主体となっています。
